宣告文のなかの告白

一年が過ぎたことを実感したのは、カレンダーを見たときではなかった。ある会話のなかで誰かがあの夜の話を持ち出し、私は自分がそれをすでに遠い出来事のように聞いていることに気づいた。

だが、憲法裁判所の宣告文の主文は覚えていた。――被請求人、大統領 尹錫悦(ユン・ソンニョル)を罷免する。

あるいは、だからこそ宣告文を読み返したのかもしれない。その一文の前に、何があったのかを確かめたくて。最初はニュースで見守っていた。最後に訪れる主文を待ちながら、その手前の言葉たちは、まともに耳に入っていなかった。

「国会が迅速に非常戒厳解除要求決議を行うことができたのは、市民たちの抵抗と軍警の消極的な任務遂行のおかげであったから、これは被請求人の法違反に対する重大性の判断に影響を及ぼさない」

裁判所は、これを違憲判断の根拠として記した。しかし、この一文をゆっくりと読むと、法的判断とは別に、何か別のものがここに記録されているという感触がある。戒厳が解除されたのは、制度のおかげではなかったということ。あの夜、制度は単独では不十分だったということ。裁判所がそれを、事実として確認している。

その告白が、宣告文のなかに静かに入り込んでいる。

見えない層位

その一文が頭のなかに残ったのは、それが法的判断以上の何かに触れていたからだろう。

民主主義には二つの層があるということを、私たちはどこかで知っている。

ひとつは目に見えるものたちだ。選挙、議会、憲法裁判所、三権分立。権力を分かち、制限し、牽制するように設計された装置。しかし、これらの装置が実際に作動するためには、目に見えない別の何かがまず存在していなければならない。行為者たちがルールを内面化していること、権力者が敗北を受容すること、法が自身にも適用されるということを誰もが実際に信じていること。制度はその信念の上でしか作動しない。信念が崩れた場所で、制度は殻になる。

2024年12月3日の夜が示したのは、まさにそれだった。大統領が戒厳を宣布し、軍を動員して国会を封鎖せよと命じたとき、その命令を阻んだのは憲法の条項ではなかった。憲法はあの夜、みずからを守れなかった。塀を越えた市民たちが、命令に消極的に反応した軍人たちが阻んだのだ。

これは民主主義が勝利した物語だ。だが同時に、私たちがそれを勝利と呼べるためには、あの夜、あの人々がそこにいなければならなかったという物語でもある。

地形の問題

戒厳が宣布され得たという事実そのものが、すでにひとつの信号だった。

憲法には実際に戒厳に関する条項があり、要件があり、手続きがある。しかし、その条項がこの状況において実際に動員され得たということ、大統領がそれを国会との政治的対立を解消する手段として認識したということ――これは一人が誤った選択をしたという話だけでは説明がつかない。それ以前に、権力の限界に対するある種の感覚が内面化されないまま置かれていたということが先にある。

私はここで、尹錫悦個人の道徳性や判断力を論じようとしているのではない。裁判所はすでに、それに答えた。私がより長く立ち止まってしまうのは、その次の問いだ。そのような選択が可能であったという事実が露呈させる、ある地形。そして、その地形は、一人だけのものであるのか。

作動の条件

罷免が確定したのち、多くの人々が口にした。民主主義が作動した、と。間違った言葉ではない。

あの夜、国会議員たちが本会議場に進入して解除決議案を通過させたのは制度的手続きだった。憲法が付与した権限が実際に行使された。憲法裁判所は全員一致で罷免を決定した。制度は作動した。

だが、その手続きが可能であった条件をたどっていくと、話は少し変わってくる。議員たちが本会議場に入ることができたのは、市民たちが軍人たちの進入を身体で阻んでいたからだった。その物理的空間が確保されていなければ、制度的手続きそのものが成立しなかったかもしれない。制度が作動したのは事実だ。しかし、制度はみずからが作動する条件を、みずから作り出すことはできなかった。

法はみずからを守らない。それが事実であるなら、塀を越える人々は次もいるだろうか。そして、もしそれを当然のこととして前提できないのであれば、いま、制度は何をしているのか。

まだ宣告前であるものたち

罷免から一年のあいだ、治癒の談論が繰り返された。分断が治癒されないということ。ただ、この言葉はほとんど常に、何かを括弧に入れたままであった。どこから来たのかを問わないこと。

治癒とは、どの状態へ戻ることなのか。戒厳宣布以前の状態へ? だがその状態こそが、すでに戒厳を可能にしていたのではなかったか。戻るべき場所など、はたしてあるのだろうか。

あるいは葛藤が持続しているのは、治癒の失敗ではなく、まだ誰も正視していない何かがあるという信号なのかもしれない。罷免はひとりの人間に対して下された決定だった。彼をその地位に座らせたものたち――制度に対する信頼の空白、敗北を受容する文化の不在、権力の限界を内面化していない感覚――については、いまだ何の決定も下されていない。それらは罷免とともに消え去ることはない。

憲法裁判所の宣告文で裁判所が残したあの一行が、どうしても頭から離れない。

「市民たちの抵抗のおかげであった。」

これは称賛でもあるが、同時に告白でもある。私たちの制度は、単独では十分ではなかったという。そして、その告白が宣告文のなかに静かに入り込んでいる。

被請求人、大統領 尹錫悦を罷免する。

その後に残された問いは、いまだ宣告を待っている。

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